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2007年12月26日

イコカ

関西らしいネーミングですよね!

ICOCA(イコカ)は、西日本旅客鉄道(JR西日本)の非接触型ICカード方式による乗車カードの名称である。JR西日本の登録商標でもある。

概要
ストアードフェアシステムのJスルーカードのICカード版で、定期券の機能と電子マネー機能を併せ持つカードである。ICオペレーティングカード(IC Operating CArd)の略であるが、関西弁の「行こか」とも掛けた、親しみやすい名称としている。

2003年11月1日から近畿地方のアーバンネットワークで使用が開始された。現在は京阪神エリアの私鉄・地下鉄および一部の路線バス(PiTaPaエリア)、並びに東日本旅客鉄道(JR東日本)などのSuicaエリアでも利用可能である。ただし、私鉄・地下鉄・JR東日本などの他社での利用はSF機能に限られ、連絡定期券は発行されていない。

キャッチコピーは「ICOCAで行こか」、イメージキャラクターは仲間由紀恵とカモノハシのイコちゃんである。

このカードは、その利便性ゆえに着実に浸透し、サービス開始からわずか5か月余りで100万枚を突破した。また、2006年6月には京阪神地区の駅のコンビニエンスストア「ハートイン」と「デイリーイン」の全店でICOCA電子マネーが利用可能になり、ICOCA対応の自動販売機やコインロッカーも登場した。今後は電子マネー機能を利用できる店舗の改札内や改札周辺から街中への本格的な拡大やSuicaショッピングサービスとの相互利用も行われる予定であり、まずは2007年4月に京都駅前地下街「ポルタ」の一部店舗で利用を開始した。

また、現金が手元になくても専用のクレジットカード経由でチャージ(入金)のできるSMART ICOCAも展開している。また、主要駅にはホームや改札内コンコースに必ず簡易チャージ機が設置されているので比較的便利である。

また、2006年1月21日からはPiTaPaと相互利用が開始され、京阪神エリアの私鉄・地下鉄のうちPiTaPaを導入している事業者でも利用が可能となっている。SF機能の相互利用に限っていえば、同様の事例であるSuica・PASMO間より1年程早く開始することになった(ただし、連絡定期券においてはPiTaPaのコンセプトなどもあり、まだ相互発売の実施を検討している段階にある)。さらに2007年4月1日にはPiTaPaが近畿日本鉄道や京都市交通局などにも導入され、関西の大手もしくは準大手私鉄・公営地下鉄のほとんどの路線でICOCAが使用可能となり、さらに利便性が向上した。

一方、京阪神エリアのうちアーバンネットワーク内からも定期列車が乗り入れるにもかかわらず、ICOCAが利用できない線区(例:敦賀駅、福知山線の篠山口駅以北、和歌山線の高田?和歌山間など)がある。2007年9月現在、これらの線区へのICOCAの導入予定は発表されていない。

2007年9月1日からは、アーバンネットワーク以外では初めて中国地方の都市部135駅で利用可能となった。近畿地方以外のJR西日本の地域でのICOCA導入は初となる。ただし、しばらくの間は京阪神エリアと岡山・広島エリア間のエリアを跨いだ利用ができない。これは京阪神エリアの旧型機器の仕様が原因であり、同エリアのシステム改修に合わせて改善したいとしている。

東日本旅客鉄道(JR東日本)などで使用できるSuicaとは2004年8月1日から相互利用が開始された。これにより、現金によるチャージ、改札機・券売機・精算機・履歴の印字など、Suica・ICOCAエリアで、ほぼ同様のサービスを受ける事が出来る。ただし、Suicaグリーン券や私鉄との連絡改札の利用など、一部対応していないものも相互に存在する。Suicaエリアでは乗車駅からの初乗り運賃相当額がないと入場できない点にも注意が必要である。電子マネーについては現在は相互利用ができないものの、2008年3月には可能となる事が発表されている。 なお、相互利用開始当初の対象カードは大人用に限られ、こどもICOCAは利用できなかったが、同年3月18日の小児用Suica発売開始と同時に、こどもICOCAも相互利用が可能となった。
(以上、ウィキペディアより引用)

関西行ったらおみやげにいいかもしれませんね!

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2007年12月12日

キャリア制度の厳しさ

シビアな現実ですね。
歴史を少し調べてみました。


キャリア制度とは、明治時代に日本を近代国家にするためドイツの公務員採用制度を参考にし、1888年にスタートした試補制度に起源をもつ。このときには帝国大学出身者は無試験で任用できるようにし、不足した人数を帝国大学出身者以外の試験選抜という形で採用した。もっとも、帝国大学卒業者の無試験任用には批判が多く、1894年に高等文官試験(高文試験)と呼ばれる今のキャリア採用制度と同様な制度が誕生した。高文合格者は高等官と呼ばれたが、他の官吏(判任官など)とは勅令によって厳格に区別され、現在のキャリアと比べても極めて速いスピードで昇進した。戦後、GHQは従来の身分制的な公務員制度を改めるべく、アメリカ的な職階制の導入をはじめ様々な改革を試みたが、各省の抵抗もあって不徹底に終わった。高文試験は名前を変え国家上級を経て国家I種となったが、採用制度と昇進制度は殆ど変化していない。戦後は制度上廃止された高等官に代わり、「キャリア」の語が俗称として定着した。

武官については、陸軍大学校と海軍大学校卒業者が高文合格者に類似した形で各軍における指導的な地位についていた(ただし、大学校を卒業していないものでも将官まで昇進する場合も散見された)。戦後、陸海軍武官は実質自衛隊の自衛官となり、防衛大学校一般課程、各自衛隊幹部学校の指揮幕僚課程・幹部高級課程、統合幕僚学校一般課程及び外国陸・海・空軍大学等の卒業生が指導的地位に昇進している。

なお、古代から官僚は存在し、メリット・システムによる官僚登用制度も存在していた(中国の科挙など)。しかしそれは、基本的に貴族や武士を対象とした世襲と門閥によるものであり、庶民が高級官僚になることは実際には厳しいものだった。やや例外的に、平安時代は、方略試という官僚登用試験が存在していた。この試験は当時の大学院生が対象であり、また当時の大学(大学寮)は入学資格として、五位以上の官人の子弟であることが要求された。江戸時代では、旗本と御家人の子弟のみを対象とした官僚採用試験が行われてはいた。

明治以来の高等文官制度、及び戦後それを非公式に継承したキャリア制度は、世襲や門閥による高級官僚登用を防ぎ、日本の近代国家化・発展に大きな役割を果たした。しかし、近年では官僚の社会経験の乏しさや、出身校の偏りなどが、学歴社会の問題と絡めて批判されることが多い。


引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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